
はじめに:あなたは"大人として"まだ成長できる
「大人になったら、人間性なんてそう簡単には変わらない」——そう思っていませんか?
実は心理学の世界には、「大人になってからも人は段階的に成長し続ける」という考え方があります。
それが今回紹介する成人発達理論です。
アメリカの発達心理学者ロバート・キーガン氏が提唱したこの理論は、ビジネスパーソンのマネジメント研修や1on1ミーティングの現場でも近年注目を集めています。難しそうに聞こえるかもしれませんが、実は「なるほど、あの人はこの段階だったのか」「自分は今ここにいるかも」と、身近な人間関係を見つめ直すきっかけになる、とても実践的な理論なんです。
この記事では、専門用語をできるだけかみ砕きながら、成人発達理論の全体像をわかりやすく紹介していきます。
成長には2つの方向がある:「量」と「質」
まず押さえておきたいのが、人の成長には2つの軸があるという考え方です。
- 水平的成長:知識やスキルを増やす、いわば「量」の成長
- 垂直的成長:人としての器を広げ、人間性を深める「質」の成長
日本の会社では「資格を取る」「スキルアップする」といった水平的成長が重視されがちです。
しかしどれだけ知識やスキルを積んでも、器が小さいままではうまく活かせないこともあります。
たとえば、優秀なのに視野が狭く周囲とぶつかってしまう人を思い浮かべると、イメージしやすいかもしれません。
垂直的成長を促すカギになるのが、「批判的内省」です。これは単に「今日はうまくいったな」と振り返るだけでなく、自分が当たり前だと思っている価値観や思い込みそのものを疑ってみることを指します。
一人で行うより、1on1のように誰かと対話しながら振り返るほうが、効果的だと言われています。
大人の知性は3段階で変化する
キーガン氏は著書『なぜ人と組織は変われないのか』の中で、大人の知性を大きく3つの段階に分けて説明しています。
第1段階:環境順応型知性
自分という軸がまだ確立されておらず、周囲の空気や指示に合わせて行動するタイプです。組織のルールやチームワークを大切にする一方、いわゆる「指示待ち」の状態でもあります。
第2段階:自己主導型知性
自分なりの考えや判断基準を持ち、それに基づいて行動できる段階です。自律型人材として頼りにされやすい一方、自分の考えに固執してしまい、必要な変化を受け入れられないという弱点も持っています。
第3段階:自己変容型知性
自分の価値観や判断基準を「絶対に正しい」とは思わず、周囲の意見や情報を柔軟に取り入れながら、自分自身をさらに変化させていける段階です。人の話を素直に聞ける柔軟さが特徴です。
こうして見ると、「自分の意見をしっかり持つこと」がゴールではなく、その先に「自分の意見すら疑える柔軟さ」があるというのが、この理論のおもしろいところです。
もっと詳しく:意識の5段階
キーガン氏の理論では、知性の発達をさらに細かく5つの段階に分けて説明しています。第1段階は言葉を覚えたばかりの子どもの状態を指すため、実質的に大人の発達は第2段階からスタートすると考えられています。
なお、これらの段階は年齢で自動的に決まるものではありません。年齢を重ねていても自己中心的なままの人もいれば、若くても成熟した考え方を持つ人もいます。
第2段階:道具主義的段階
自分の欲求を満たすことが最優先で、他者を「自分の目的のための道具」のように扱ってしまいがちな段階です。自分と他者の考えがはっきり分かれており、自分の興味があること以外は視界に入りにくい状態と言えます。
第3段階:他者依存段階
自分なりの判断基準がまだなく、周囲や所属している組織の基準に従って動く段階です。実はこの段階に、成人の約70%が属していると言われています。多くの人が経験する、いわば「大人のスタンダード」とも言える段階です。自分の意見を表に出すのが苦手で、指示を待ってしまう傾向があります。
第4段階:自己主導段階
自分自身の価値観がはっきりと確立され、自分の意見を発信できるようになる段階です。周囲70%が第3段階にいることを考えると、この段階に到達している人は組織の中でも「自律している人」として一目置かれる存在になりやすいでしょう。
第5段階:自己変容・相互発達段階
多様な価値観を受け入れながら他者と関わり、お互いに高め合っていける段階です。自分の成長だけでなく、他者の成長を支援することにも積極的に関われるようになります。まさにリーダーにふさわしい資質を備えた段階だと言えるでしょう。
なぜ今、成人発達理論が注目されているのか
「多くの人が第3段階にいる」と聞くと、少し複雑な気持ちになるかもしれません。しかし、これは決して「あなたは劣っている」という話ではありません。むしろ、「今の自分がどの段階にいるかを知ること」自体が、次の段階へ進むための第一歩になります。
自分の考え方や価値観のクセに気づき、それを少しずつ問い直していく——このプロセスこそが、垂直的成長であり、大人になってからも続けられる「人としての成長」なのです。
部下との1on1で相手の発言の背景にある価値観を想像してみる。あるいは、自分自身が「なぜこの考えに固執しているんだろう?」と一歩引いて見てみる。そんな小さな実践の積み重ねが、成人発達理論を"知識"から"自分ごと"に変えていきます。
おわりに
成人発達理論は、一見難しそうに見えて、実は「自分や周りの人をより深く理解するためのメガネ」のような理論です。誰かの言動にモヤモヤしたとき、あるいは自分自身の成長に行き詰まりを感じたとき、この理論を思い出してみてください。きっと新しい気づきが得られるはずです。
もし興味を持たれた方は、ロバート・キーガン氏の著書『なぜ人と組織は変われないのか』を手に取ってみるのもおすすめです。理論の背景や具体的な事例が、より深く理解できるでしょう。