
効率的な勉強法を求めて、3年間いろいろ試してきた。
倍速視聴、スキマ時間学習、YouTubeでの自己啓発系コンテンツ。 「これで人生変わる」「こうすれば成長できる」というタイトルの動画を、通勤中も、寝る前も、ひたすら見ていた。
結論から言うと、それでは何も変わらなかった。
そして今、一番効いていると感じているのは、動画を見ることでも、効率的にインプットを増やすことでもなく、何もしない時間を作って、自分について考えることだった。
タイパを求めてYouTubeを見ていた日々
「効率的に学びたい」と思ったとき、自分が最初にやったのはYouTubeだった。
自己啓発系のチャンネルには、「こうすれば変わる」「これをやめれば人生が変わる」という動画があふれている。倍速で見れば、短い時間でたくさんの情報が手に入る。忙しい日々の中で、これはとても「効率的」に思えた。
見ている間は、何かを学んでいる感覚があった。新しい考え方に触れて、「なるほど」と思うことも多かった。だから続けられたし、続けることが正しいと思っていた。
「あまり何も残っていない」ことに気づいた瞬間
だけど、そうやって半年、1年と動画を見続けても、自分の中で何かが変わった実感がなかった。
見ているときは「なるほど」と思うのに、少し時間が経つと内容を思い出せない。同じような話を、別のチャンネルでまた「なるほど」と思いながら見ている。振り返ってみると、知識やヒントは大量にインプットしているはずなのに、行動や考え方は以前とほとんど変わっていなかった。
そこでようやく気づいた。情報をインプットすることと、自分が変わることは、別のことだった。
いくら「こうすれば変わる」という言葉を浴びても、頭の中のプログラムは、そんなにすぐには切り替わらない。
情報を増やすことをやめてみた
それに気づいてから、自己啓発系の動画を見る時間を減らした。
代わりに始めたのは、何か新しいスキルやコンテンツではない。何もしない時間を作って、自分について考えることだった。
最初は落ち着かなかった。手持ち無沙汰で、つい何か情報を入れたくなる。だけど、あえてスマホを置いて、「自分は何にモヤモヤしているのか」「なぜこの勉強法を続けられないのか」を、自分の言葉で考える時間を作るようにした。
そうすると、動画では得られなかった気づきが出てきた。他人の結論を借りるのではなく、自分の状況に照らして考えた分だけ、それは自分の中に残った。
効率化が悪いわけではなく、「消化する時間」が抜けていた
今振り返ると、YouTubeでの学習そのものが無駄だったとは思っていない。
問題だったのは、情報を入れる量ばかり増やして、それを自分の中で消化する時間を一切取っていなかったことだ。効率的にインプットを増やせば増やすほど、消化されないまま積み上がっていくだけだった。
「非効率」に見える内省の時間は、実は一番の近道だった。情報を集める前に、まず今ある情報とちゃんと向き合う時間を作ること。それが、遠回りに見えて一番効いたやり方だった。
もし今、効率的な勉強法を探して情報を集め続けているのに、何も変わっている気がしないなら。一度、情報を入れるのをやめて、何もしない時間を作ってみてほしい。