ワーク・アンド・ライフ・バランスとはそもそも何か
――“バランス疲れ”社会を超えて、響き合うキャリアへ
最近ニュースで、高市早苗さんが次期総理大臣に決まり、「ワークライフバランスをやめる」という発言が話題になっています。
SNSでは賛否両論が飛び交い、「まさかの逆行」「でも本音を突いている」といった声も多く見かけます。
けれど、この発言は一つの警鐘とも言えます。
“ワーク・ライフ・バランス”という言葉があまりにもきれいごとになりすぎて、現場のリアリティとずれ始めているのかもしれません。
今回はキャリアコンサルタントとして、あらためてこの言葉の意味と、現代社会が抱える矛盾を整理してみたいと思います。

1. ワーク・ライフ・バランスの原点
ワーク・ライフ・バランス(WLB)は、1970年代に欧米で生まれた考え方です。
当時はフェミニズム運動や長時間労働の是正が背景にあり、「家庭と仕事を両立できる社会」を目指す理念として広がりました。
日本では2007年に政府が「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」を制定。
そこでは次のように定義されています。
国民一人ひとりが仕事、家庭生活、地域生活、自己啓発など、さまざまな活動を希望に応じて行い、
相互に充実させることができる社会。
つまり本来は「仕事と生活を分けること」ではなく、双方が支え合う生き方を実現するという理念だったのです。
2. 理想が生んだ逆説 ― バランス疲れ社会の現実
しかし、現代の日本ではその理想が思わぬ形で歪んでいます。
働き方改革やWLB推進の掛け声のもとで、労働時間は短縮された一方、現場では新たな矛盾が起きています。
たとえば――
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人手不足が慢性化し、結局残った人にしわ寄せがいく。
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一人あたりの仕事量と責任が増し、精神的負担が高まる。
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チームの稼働時間がバラバラになり、連携が取りづらくなる。
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品質が落ち、「何のためのバランスなのか」が見えなくなる。
「定時で帰れるようになったけど、帰宅後に自宅で仕事している」
「制度上は休みが取れても、職場の目が気になって本当に休めない」
――そんな声を、相談現場でもよく耳にします。
つまり、“バランスを取ろうとする”こと自体がストレスになっているのです。
働く人が「バランスが取れていない自分」を責め、
組織が「制度を導入したのに成果が出ない」と悩む。
この“バランス疲れ社会”が、いま日本の現場に広がっています。
そしてもう一つ、ここには世代的なギャップも感じます。
これはあくまで私見ですが、ワークライフバランスを学校やメディアを通じて学んできた若者世代の中には、「休むこと」や「自分を守ること」を一種の“権利”として強く主張する感覚があるように思います。
その価値観自体はとても健全で、過労死や長時間労働を生んだ旧来の文化を是正する大切な流れでもあります。
しかし一方で、社会に出ると「サービスの質が落ちた」「対応が遅い」「気持ちが伝わらない」といった現場への不満を自分たちも感じている。
つまり、“自分は休みたいけど、社会の品質は保たれてほしい”という矛盾を、無自覚に抱えてしまっているのです。
ワークライフバランスの推進が行き過ぎると、
「誰かが休む分、誰かの負担が増える」という現実が見えにくくなります。
国全体で見れば、生産性や競争力の低下という形で跳ね返ってくる。
それは“人を大切にする社会”のはずが、結果的に“国際社会の中で弱体化する社会”へと転じてしまう危うさも孕んでいます。
だからこそ、キャリアコンサルタントとしては、
「休む権利」と「支える責任」の両方を視野に入れ、
個人の幸せと社会全体の持続可能性をどう両立させるかを一緒に考えていく姿勢が求められるのだと思います。
3. バランスから統合へ ― ワークライフ・インテグレーションの視点
そもそも「バランス」とは、天秤のように左右を均等に保つイメージです。
けれど人生はそんなに単純ではありません。
仕事と生活を切り分けるほど、むしろ両者の境界が苦しくなる。
最近では「ワークライフ・インテグレーション(統合)」という考え方が注目されています。
これは、仕事と生活を対立させず、一つの“生き方”として統合的にとらえるという考えです。
たとえば、
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仕事で培ったスキルを家庭や地域活動に活かす。
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家庭での経験が、職場での人間理解に役立つ。
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趣味の活動が、仕事のアイデアや創造性を刺激する。
このように、仕事と生活が“響き合う”関係を築くことが、これからの時代のWLBの本質ではないでしょうか。
4. キャリアコンサルタントとしての視点
キャリアコンサルティングの現場で「ワークライフバランスを取りたい」と相談する人の多くは、
実は“時間の配分”よりも“心の納得感”を求めています。
大切なのは、「理想の比率」を押しつけないこと。
10:0でも、5:5でも、2:8でも、その人が納得しているならそれが“その人のバランス”です。
バランスとは、均等ではなく、納得である。
相談者が「今は仕事に全力を注ぎたい」と感じるなら、それもOK。
一方で、「家庭や自分の時間を取り戻したい」という価値観も尊重されるべき。
キャリアコンサルタントの役割は、
その人が“自分なりのバランス軸”を見つけられるよう伴走することだと思います。
5. バランス疲れを超えて ― 新しいキャリア観へ
今の社会には、「理想的なバランスを取らねばならない」という見えない圧力が漂っています。
でも、人生は常に変化していくもの。
子育て期、介護期、転職期、病気の回復期――
どの段階にも“そのときの最適な形”があるはずです。
「バランスが崩れた」ときこそ、
それは新しい自分を発見するチャンスでもある。
バランスを守ることよりも、
バランスを“調律し直す力”を育てていくことが大切だと感じます。
6. まとめ ― ワークとライフの響き合いへ
ワークライフバランスとは、静的な均衡ではなく、動的な選択。
社会的理想や制度の枠だけでなく、
一人ひとりの「価値観」「人生段階」「環境」によって常に変化するものです。
キャリアコンサルタントとして大切なのは、
相談者の“現実と理想の間にある揺らぎ”を受けとめ、
その中にある成長の芽を見つけること。
そして、こう問いかけたいのです。
あなたにとって「調和している」と感じる瞬間は、どんなときですか?
そこにこそ、ワークとライフが響き合う“あなたらしいキャリア”があるのかもしれません。
本日もお読み頂きましてありがとうございました。